罫線上

新型コロナウイルス感染症対策
〜IPM研究室~環境微生物学の研究者~の立場から〜
第7回:手洗いと消毒液の意味を考えてみよう!
~弱酸性次亜塩素酸ナトリウム水の使用について~

 第5回のコラム(新型コロナウイルスだけが不活化しにくいのか?)で、新型コロナウイルスは、新たに登場したコロナウイルスではあるけれども、今まで知られていなかった全く未知のウイルスではありません。と分類学的な位置を踏まえて書きました。感染対策として、「手洗いとうがい」が基本中の基本で、加えて、消毒用エタノール等を使った消毒剤の使い方については、これまで沢山の情報が流されてきたことは読者の皆さんも良くご存じのことだと思います。今回のコラムでは、手洗いと消毒剤の意味を踏まえた上で、生活環境での手洗いの正しい手順と消毒剤の使い方について解説します。


【除菌、消毒、手洗いの意味】

 表7に微生物対策に使われる用語の意味についてまとめました。殺菌、消毒、除菌、抗菌といった用語が日常で何気なく使われています。しかしながら、新型コロナウイルスの感染症対策において、一般の方々が生活の中で意識しなければならないのは、除菌と消毒という2つの用語です。日々励行している手洗いが「除菌」にあたります。近年、市販されている洗剤などの商品に「除菌」という用語が表示されていることもあり、殺菌や消毒という用語としばしば混同されることが多いようです。しかしながら、「除菌」の本当の意味は微生物を対象物から物理的に取り除くということです。また、殺菌と近い意味のため、間違って使われることが多い「消毒」の本当の意味は病原性のある微生物を対象物から害のない程度まで数を減らしたり、無毒化することです。この用語を意識するだけで、神経質になり過ぎたり、消毒剤を過剰に使用することを緩和して、適切に手洗いを励行したり、消毒剤を正しく使用することに繋がるように思いますので、読者の皆さんは是非覚えておいてください。

 次に、医療施設での手洗いの種類について表8に示します。手洗いは、その目的に応じて方法が異なります。筆者は、手洗いの方法について、医師の方が解説している情報を目にしますが、「決して間違いではないけれど、生活者の目線からずれている」と感じることがあります。その多くは、ご自身の医療現場での手洗い習慣から表8に示す方法が混ぜこぜになっていて、少し過剰な解説になっています。
 一般の方々が日々励行する手洗いは、日常的な手洗い方法で十分で、必ずしもペーパータオルを使う必要はありません。


表7:微生物対策に使われる用語の意味

表8:医療施設での手洗いの種類について

【消毒の方法】

 表9に消毒剤を用いる際の解釈とその目的のために使用する消毒剤の種類を示します。
 ここに示す「高水準」とは病院の手術室などの清潔区域での消毒を意味するので、新型コロナウイルス感染症対策として必要な水準は「中水準」です。前述の通り、生きている(活性のある)ウイルスの数を減らし、不活化させて感染できないようにするための処理が消毒であり、100% 死滅させることが目的ではありません。これは対策のためにとても大事な概念です。

 図21に、微生物に対する消毒剤の効果の比較を示します。細菌、真菌、ウイルスという分類体系の区分と消毒剤の効果の有無は、それぞれの種によって大きな差があります。
 読者の皆さんが日常的に食している納豆の製造に不可欠な納豆菌(=枯草菌の1種で芽胞を形成して100℃の熱湯でも死滅しないことから利用されてきた)は、消毒剤に極めて強い細菌で、納豆菌に比べたら新型コロナウイルスなどライオンと飼い猫くらいの大差があります。実際に、一般の方々が使用できる薬剤は、「消毒用エタノールと次亜塩素酸ナトリウム」です。消毒効果に最も適したエタノールの濃度は80%前後で、市販されている消毒用エタノールの濃度は76.9~81.4v/v%(80%前後)に調整されています。
(*v/v%=溶液100mL中の溶質の体積(mL)を示した単位)

 一般に製造されている次亜塩素酸ナトリウムの塩素濃度は、5〜12%のものが多く緑黄色の透明な液です。pH12〜14と強アルカリ性の水溶液で、NaOH(水酸化ナトリウム)とHOCL(次亜塩素酸)がイオンとして水(H2O)に溶けています。台所用や衣類用の漂白剤として市販されている次亜塩素酸ナトリウムの塩素濃度は6%で、漂白効果と共に消毒効果が高いことは周知の事実です。しかしながら、強アルカリ性のため、皮膚刺激性が強くて危険なため、水で希釈してもそのまま環境中に噴霧することはできません。そこで、pHを酸性側に調整した「弱酸性次亜塩素酸ナトリウム水(pH5~6)」が市販されています。皮膚刺激性が少なく、多くの微生物を短時間で殺菌・消毒する効果が高いことが特徴です。

 新型コロナウイルス対策のためには、手指の消毒剤として「消毒用エタノール」を使用し、ドアノブやテーブルなどの生活環境の消毒剤として「弱酸性次亜塩素酸ナトリウム液」を使い分けることが広く推奨されています。いずれの消毒剤も、直接噴霧すれば数秒~数10秒で、新型コロナウイルスを不活化することができます。


表9:消毒剤を用いる際の解釈とその目的のために使用する消毒剤の種類

図21:微生物に対する消毒剤の効果の比較

【夏季へ向かって消毒剤の使用に注意すべきこと】

 図22エンベロープウイルスインフルエンザウイルスや新型コロナウイルスなど)と ノンエンベロープウイルス(ノロウイルス、アデノウイルス、エンテロウイルスなど)の構造の違いと消毒剤の効果の違いについて示します。幸いなことに、新型コロナウイルスはエンベロープウイルスですので、消毒用エタノールによってエンベロープを破壊して不活化することができます。しかしながら、消毒用エタノールはカプシドというタンパク質の殻を破壊することができません。そのため、カプシドしか持たないノンエンベロープウイルスを不活化させるためには、カプシドを破壊する効果のある次亜塩素酸ナトリウム液を使う必要があります。ほぼ全ての病原微生物に対して効果のある弱酸性次亜塩素酸ナトリウム水ですが、その効果は、微生物の種類によって差があります(図23)。余談ですが、最も塩素に強いクリプトスポリジウムは、胞子虫類のコクシジウム目に属する寄生性原虫です。1976年から人に感染症を引き起こすことが知られており、水道水に用いられる塩素に抵抗性があり、感染性を保持することが知られています。

 さて、新型コロナウイルス感染症は、終息には至っていませんが、どうやら第1波は超えることができそうです。今後は、良識ある免疫学の専門家が指摘されているように、「集団免疫の獲得」が終息のカギとなると筆者も考えます。コラム6で述べたように、夏季の気候はヒト側に優位(集団免疫獲得の観点からも)であることは間違いありませんが、注意すべきは高温多湿の環境を好み、夏季に活性が高まるノンエンベロープウイルスが原因となる夏風邪(6月末から7月にかけて流行する風邪症候群)です。アデノウイルス、エンテロウイルス、コクサッキーウイルスなどによる感染症で、発熱、腹痛、下痢、喉の痛みなどの症状が出ます。賢明な読者の皆さんは、お気づきのことと思いますが、「検査をしないかぎり、新型コロナウイルス感染症と見分けがつかず、更に、夏風邪が回復した直後の弱った身体に新型コロナウイルスが感染する」ことが懸念されます。

 そこで、筆者が推奨したいのは、これからの季節は「弱酸性次亜塩素酸ナトリウム水」を意識的に使用することです。特に、生活環境中の消毒処理は、エンベロープウイルスとノンエンベロープウイルスの両者に対して効果のある「弱酸性次亜塩素酸ナトリウム水」を噴霧してふき取ると良いでしょう。消毒用エタノールほど速乾性はありませんが、皮膚刺激性がないので手指の消毒に使っても全く問題ありません。


図22:エンベロープウイルスとノンエンベロープウイルスの構造の違いと消毒剤の効果の違い

図23:弱酸性次亜塩素酸ナトリウム水の効果

【日本の水道水には正しく塩素が含まれている】

 図24に筆者が推奨する手洗いと消毒剤を使用する手順を示します。このコラムのはじめでも述べましたが、生活者の行動パターンを考慮することが感染対策に必要なことだと思います。ここに述べることは、筆者も日々自宅や職場で励行していることです。
 先ず、大切なことは玄関のシューズボックスの上などに、消毒剤を置くことです。多くのオフィスビルの玄関口にも自動消毒剤噴霧器が設置されていることを目にします。帰宅したら、靴を脱ぐ前に手指に消毒剤を噴霧して、特に指先の消毒に心掛けてください。先に手指の消毒をしなかった場合、洗面所に行くまでの間に、玄関のたたき、ドアノブ、テーブル、椅子、そして、うがい用のコップにウイルスが移染することが懸念されます。スマートフォン感染のコラムでも述べましたが、移染する危険性を念頭におきましょう。

 水道水の流水を使った手洗いの仕方は、沢山情報が出ていますので、ここでは割愛します。大切なことは洗浄剤を使って良く泡立てて洗うことです。

 この機会に、日本の水道水は歴史的にみて、感染症を考慮した世界一優れた水道水であることを再認識しましょう。何が優れているかといえば、塩素濃度の管理が1957年(昭和32年)に制定された水道法によって、蛇口での残留塩素濃度を0.1mg/L以上1mg/L以下(0.1~1ppm)に保持するように定められ、遵守されているからです。東京都水道局では、残留塩素濃度を水道法で定められている0.1mg/L以上、水質管理目標設定項目の目標値である1mg/L以下を蛇口において常に確保できるように管理しています。塩素濃度が管理された日本の水道水を使って手洗いをすることは、塩素管理に不備がある諸外国に比べて、ウイルスを不活化するために優位であると言えます。しっかり手洗いを励行すればそれだけで十分ですが、家族が多かったり、子供がいる家庭では、食事をする前に消毒剤を手に噴霧すると安心です。
(文章責任:川上裕司)

              
図24:推奨する手洗いと消毒剤を使用する手順

[参考文献]
満田年宏(2010):医療施設における消毒と滅菌のためのCDCガイドライン,p.222,ヴァンメディカル.
Rutala WA (1996): APIC Guideline for selection and use of disinfectants. Am. J. Infect. Control 24, 313-342.
サクニミット モラコット,八神 健一,他(1988):コロナウイルスおよびパルボウイルスに対する物理・化学的処置の殺ウイルス効果の検討,Experimental Animals 37(3),341-345.
Questions & Answers:2009 H1N1 Flu ("Swine Flu") and You
厚生労働省:「水道用次亜塩素酸ナトリウムの取扱い等の手引き(Q&A)」について


(2020年5月14日)


IPM研究室