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公立美術館における昆虫類の捕獲調査

 当研究室では、総合的有害生物管理(Integrated Pest Management)に基づく美術作品や文化財の保存と施設の維持管理のサポート業務を行っています。昆虫やカビなどの有害生物の同定と発生原因の究明、対策法の提案が業務の主軸です。

 神奈川県所在のA美術館では、数年前からIPMを導入しており、好評を得ています。本稿では、A美術館における2017年度の昆虫類捕獲調査の結果から見えてくるIPMの重要性について紹介します。

IPM とは

 IPMは、米国では林業や農業の分野で50年以上の歴史がある技術です。我が国では農業分野において「病害虫の発生状況に応じて、天敵や粘着板等の防除方法を適切に組み合わせ、環境への負荷を軽減しつつ、病害虫の発生を抑制する防除体系(農林水産省)」と提唱されました。そして、食品工場、病院、オフィスビルなど様々な建築物を対象とした家ネズミや害虫の防除に応用されています。美術館や博物館では2009年末のガス燻蒸剤・臭化メチルの使用禁止に伴って、必然的にIPMが導入された経緯があります。それまでガス燻蒸処理一辺倒だった美術品・文化財の保存管理から、害虫やカビのモニタリングに重点を置いたIPMが漸く根付いてきました。
 IPMによる美術品や文化財の保存科学は、「どのようなカビや昆虫が、どこで発生しているかを迅速に察知して」、「どのような被害に繋がるのか」、「どうすれば改善できるのか」を総合的に判断することが要となります。

調査方法

 2017年5〜10月の約5カ月間、床置き粘着トラップ(写真1)を本施設の地下1階〜3階の展示スペースおよび機械室や空調室など館内の17カ所に配置しました。本施設では、春〜初秋に捕獲数が増加した後、翌年の春先まで極めて少ないことがこれまでの調査からわかっているため、現在ではトラップの設置期間を4〜10月としています。6月、8月、10月の3回、配置したトラップを回収し、新たなトラップを再度配置しました。回収したトラップに捕獲されていた昆虫類は、実体顕微鏡を用いて形態を観察し、科〜種を同定しました。本稿では昆虫にダニやクモなどの節足動物を含めて「昆虫類」と称します。

館全体での昆虫類捕獲数

 昆虫類の総捕獲数を図1に示しました。5カ月間を通じて合計392頭の昆虫類が捕獲されました。5-6月、6-8月、8-10月の3期間の内、8-10月が最も多く、158頭(約40%)が捕獲されました。5-6月と6-8月の捕獲数は同程度で全体の約30%でした。これは例年の発生数と同程度で、大量発生は認められませんでした。

図1 調査期間ごとの捕獲頭数の推移

階層ごとの捕獲昆虫類の特徴

 続いて捕獲された種類と捕獲場所の関係を見てみましょう(図2)。2017年で最も捕獲された昆虫はチャタテムシ類でした。館全体で169頭捕獲され、半数以上が地下階(97頭)で捕獲されました。本施設では翅が無く(無翅)、体長が1mm程のヒラタチャタテが多く捕獲されました。本種は、当研究室と国立相模原病院臨床研究センターの共同研究によって、新たなアレルゲンであることが判り、「新規アレルゲンLip b1」として登録されています。
 チャタテムシ類は咀顎目(旧チャタテムシ目)に含まれる昆虫です。無翅のチャタテムシ類は一般住宅の住環境でも普通に見られる種類で、ハウスダストからもよく分離されます。チャタテムシ類は様々な有機物をエサとしており、書物のカビ、乾燥食品、動植物標本、皮革製品などを食害する害虫としても知られています。また、美術品や文化財を汚損するカビを好んで食べることから、カビが発生すると二次的に大発生することがあります。
 1階は他の階と比べてハエ目昆虫が多く捕獲されていました。これらは、クロバネキノコバエ科やタマバエ科、チョウバエ科など、一般的にコバエと呼ばれている体長1mm前後の昆虫でした。また、様々な種類の昆虫が捕獲されていたのも1階の特徴でした。1階には来館者用の出入り口や作品搬出入用シャッター扉があります。作品搬出入用シャッター扉は、展示替えなどの際に長時間開放する場合があるため、1階で飛翔昆虫をはじめ様々な昆虫の迷入が起こり、捕獲数が増加したものと推察されます。
 クモ・ダニ類の多くがハエトリグモ科のように小型で歩行性のクモでした。1階の搬出入用シャッターや出入口から侵入し、館内の各所で発生しているチャタテムシをはじめとした微小昆虫類を捕食している可能性が高いことが示唆されました。

図2 階ごとの捕獲昆虫数

調査結果に基づく対策

 チャタテムシはとても小さく、壁や床の隙間で生活しているため、薬剤が届きにくく殺虫効果が期待できません。エサが無くなると徐々に減少するため、掃除機を用いたエサとなる有機物を含むハウスダストの吸引除去が有効です。博物館や美術館で用いる掃除機は、吸引力も大切ですが、排気から粒子の再拡散が発生しないことが重要です。カビの発生によって二次的に大発生した場合には、カビの殺菌も同時に必要になります。
 ハエ目昆虫や歩行性昆虫などの迷入昆虫は、原因が館内に無いため発生数をコントロールすることが難しく、対策法が限定されます。館外の植栽や側溝、雨水枡への殺虫剤の散布が有効です。
高温多湿の日本は、害虫やカビによる汚損が発生しやすく、IPMが極めて重要な対策法になります。IPMはそれぞれの美術館や博物館の環境や実施可能な作業量、費用など様々な要因によって異なります。施設の状況をそこで働くスタッフが理解し独自の対策をとることが理想的です。しかしながら、有害生物に関する専門的な知識や技術を有する学芸員は不足しており、IPMの導入が困難な美術館や博物館が多いのが現状です。
 当研究室では貴重な美術品や文化財を将来へ残すため、昆虫類に限らず、カビ汚損への対策や、空調管理など、美術館や博物館のIPMの導入と実施のためのサポート業務に今後も取り組んでいきます。
 

写真1 床置き粘着トラップの設置写真
ゴキブリ捕獲機と原理は同じ写真2 館内で多く捕獲されたヒラタチャタテ(左)とクロバネキノコバエ科の一種(右) スケールバーは1mmを示す

公立美術館における昆虫類の捕獲調査

(2019.5.20 IPM研究室)

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