えっ!!東京から「淡路島」に移転!?

パソナグループ(上)

新型コロナは世界を劇的に変えた。衝撃は大きく、コロナ前に戻る意思さえ吹き飛ばした。逆にそれは、「新たな扉」が開いたことでもある。会社はどう生き抜いていくのか。その「カタチ」を模索してみる。

産業経済新聞社・夕刊フジ
コーナー 「コロナが変えた会社のカタチ」
取材先 パソナグループ 副社長執行役員 渡辺 尚氏
新聞発行日 2020年10月15日(木)

夕刊フジ掲載記事・コロナが変えた会社のカタチ

【プロフィール】
わたなべ・たかし
1989年、専修大卒、テンポラリーセンター(現パソナグループ)入社。再就職支援・人材紹介事業を核とするパソナキャリア(現パソナ)代表取締役社長などを経て、2018年から現職。読書家で、社内で定期的に「読書会」を開催。55歳。

【パソナグループ】
1976年の創業以来、企業理念「社会の問題点を解決する」のもと、だれもが自由に好きな仕事を選択、働く機会を得られることを目指し、さまざまな社会インフラを構築。2003年、業界で初めて東証一部上場。国内外に67の子会社を展開。代表取締役グループ代表/南部靖之。


 「淡路島に移るんだって?」
 総合人材サービス大手のパソナグループは9月1日、本社機能を分散、兵庫・淡路島に移転することを発表した。このニュースが報道されると、副社長執行役員で本社移転プロジェクト本部長を務める渡辺尚氏の携帯には、学生時代の仲間や知人からの驚きや心配の連絡が殺到した。

 同グループは数年前から従業員の「豊かな生き方・働き方」の実現と、BCP(事業継続計画)対策の一環として、東西に拠点を分散する構想を温めてきた。きっかけはリーマンショックや東日本大震災などだ。いつまでも東京一極集中で事業展開していたのでは、また企業の存続をも揺るがしかねない大きな事象が発生した時の対応は困難をきたす。「何とか、分散化しなければ」。そう考えていた。

 そこに新型コロナウイルスが発生。仮に、東京・大手町のオフィスに感染者が1人でも出た場合、1フロアはクローズとなり事業は停滞する。近年の集中豪雨や地震など自然災害なども合わせ、分散化に拍車がかかった。

 では、なぜ西の拠点が淡路島なのか。同グループは12年前から人口減少が進んでいる淡路島で人材誘致による地方創生に取り組んできた。
 最初に立ち上げた「パソナチャレンジファームin淡路」は新規就農希望者を最長3年間雇用し、栽培技術や農業経営について学んでもらうプロジェクトだ。市場やレストランなどの複合観光施設「のじまスコーラ」は、廃校になった小学校を再生した。地域の交流の場、新たな観光・6次産業のモデル施設になっている。

 このような背景から各種施設で、すでに約350人の従業員が働いている。関東からみると淡路島は遠くに感じられるが、「神戸市や明石市内から明石海峡大橋を渡ってクルマで約30分。実際に通勤している従業員は何人もいる」と説明する。

 今回、人事、広報、財務経理、経営企画、新規事業開発、グローバル、IT/DXなどに従事する従業員約1800人のうち約1200人が24年5月末をめどに移動する。中には親の介護や子供の教育問題、さらには「都会を離れたくない」という理由から移動を躊躇(ちゅうちょ)する従業員もいるが、「東京本社で従来通り勤務してもらいます。無理は言いません」。

 一方、営業社員は東京本社をはじめ全国主要拠点でオンラインによる商談が浸透しつつあり、業務は順調に推移している。
 今後、淡路島では外部企業の社員も利用できる「ワ―ケーション施設」を併設し、新しい働き方を体験できる場も提供していく予定だ。次回は渡辺氏の淡路島での仕事ぶりを紹介する。


(エフシージー総合研究所 山本ヒロ子 2020.11.11 更新)

【やまもと・ひろこ】
早大卒。40年以上にわたり、企業や自治体、大学の危機管理と広報活動について取材。コンサルティング活動も行ってきた。取材件数は延べ2000社以上にのぼる。経営情報学修士(MBA)