罫線上

新型コロナウイルス感染症対策
〜IPM研究室 環境微生物学の研究者の立場から〜
第4回:スマートフォン感染は
他人事ではないと考えた方が賢明です!

 国の緊急事態宣言によって、朝夕の通勤電車内の乗客の数も明らかに減少しました。しかしながら、朝の通勤快速の車内では、密集状態が完全に緩和されたというところまではいっていません。筆者は、新型コロナウイルス感染症が国内で増え始めた当初から、公共交通機関の車内で良く見られる行為が感染経路として気になっていました。
 それは、「車内のつり革や手摺りを握りながらのスマートフォンの操作」です。今回のコラムでは、未発表の調査データを踏まえて、その危険性について解説します。


【コロナウイルスはヒトに取り付きやすい構造をしている】

 図6に新型コロナウイルスの模式図を示します。コロナウイルスは遺伝情報を記録したRNAを内部に収め、エンベロープという脂質の膜で被われています。膜の周囲に出た突起は、ヒトの体内に侵入したコロナウイルスがヒトの細胞表面に結合する際に使う役目(グリーンの突起:ヘマグルチニン)と、細胞内で増殖したコロナウイルスが細胞の外へ遊離する際に使う役目(オレンジの突起:スパイクプロテイン)をします。このように単純な構造が意味するものは何でしょうか?それは、ウイルスが他の生物と決定的に異なる特徴に関係しています。

図6新型コロナウイルスの形態の模式図

 ウイルスは「他の生物の細胞に感染しない限り、自ら増えることができない」、言い換えれば、ウイルスは自己増殖できません!

 コロナウイルスは、ヒトの細胞の表面構造を認識して吸着し、自己を増やすための「遺伝情報(RNA)」とその遺伝子を作るための「酵素やタンパク質などの材料)」感染したヒトの細胞中へ送り込むのです。感染されたヒトの細胞は、「コロナウイルスの設計図や材料」であるとは気づかずに、自分の遺伝子を作るつもりで、コロナウイルス生産用の遺伝子を作り、この遺伝子を基にコロナウイルスを大量に作り出してしまうのです。そして、いつの間にか正常な細胞が「コロナウイルス生産工場」とされてしまいます。

 感染した細胞工場内で大量につくられた新しいコロナウイルスは、細胞の外へと飛び出し、新たな工場となる他のヒトの細胞を見つけては感染を繰り返すという巧妙な戦略です。だから感染力の強いコロナウイルスは怖いといえるのです。
 コロナウイルスは、環境中に放出された場合、ヒトに一番取り付きやすい場所で次の獲物が来るのを待ち伏せしているとイメージしておくと、いかに手洗いとうがいが感染を防ぐために大事かお解りいただけると思います。


【手指の微生物汚染の実態】

 ヒトの皮膚表面には常在微生物が棲みついています。1平方センチメートル当たり1,000~1,000,000個(103~106/㎝2の細菌や酵母菌が棲みついていて、ヒトの皮脂などを餌として適度に増殖を繰り返して皮膚表面を弱酸性に保ってくれています。弱酸性に保つことで、外部からの悪玉菌が容易に侵入することを防ぐ役目をしています。この皮膚常在菌の存在を踏まえた上で、図7をご覧ください。これは、手のひらにどのくらい環境中の微生物が付着しているか調べたものです。

 4名の被験者は、調査日の当日の朝、公共交通機関を使って実験室まで来て、そのまま手を洗わないでハンドスタンプ型平板寒天培地に手のひらを丁寧に密着させました。この平板培地は一般生菌数用の培地で、細菌と真菌(カビや酵母)を広く培養するためのものです。恒温機で培養すると、寒天に付着した微生物が増殖して、肉眼で見える集落(コロニー)を形成します。

 4名の被験者由来の培地から発生したコロニーのサイズや色彩が異なることが判ると思います。黒色、ピンク色、オレンジ色、灰色といったコロニーは明らかに皮膚の常在菌ではなく、環境中から手指に付着したものです。ウイルスは前述の通り、自己増殖しませんので、このような寒天培地では培養できませんが、ウイルスも細菌や真菌と同じように環境中から手指に普通に付着する可能性が高いことがお解り頂けると思います。


図7:4名の被験者の手指に付着した細菌と真菌の培養写真

【公共交通機関のエスカレーターやつり革の手摺りの汚染事例】

 2018年に、環境微生物の公共の場所での汚染実態を調べることを目的として、公共交通機関のエスカレーターとつり革にどのくらい付着しているか調べてみました。
    今回の新型コロナウイルス感染症が発生したことを受けて、このコラムを立ち上げなければ、内部の調査資料として表に出なかったデータです。新型コロナウイルス感染症対策のための手洗いの重要性を強く啓発するために、ここで紹介することにしました。
 外部環境からの手指の微生物汚染が絵空事ではないことを具体的に示すためのもので、読者をいたずらに脅かすためではなく、公共交通機関の衛生管理を非難するものではないことをはじめに申し上げておきます。


<エスカレータの微生物調査>

 調査は、2018年5月16日と23日に実施しました。東京都所在の3つの駅、埼玉県所在の2つの駅、千葉県所在の1つの駅、合計6つの駅のエスカレーターの手摺りを調査対象として、微生物汚染度を調べました。それぞれ、生理食塩水を含ませた化粧用コットンで拭き取り(約50㎝2)、一般生菌数用培地を用いた混釈法で付着している生菌数(一般的な細菌と真菌の数)を調べました。

 この結果、エスカレーターの手摺りに普通に手でつかまったくらいの面積に、[1,700~300,000個(103~105)/約50㎝2の細菌や真菌(カビやコウボ)が付着していることが判りました(図8参照)


図8 埼玉県内のある駅のエスカレーターの手すりから分離・培養された一般生菌(細菌と真菌)

<つり革の微生物調査>

 調査は、2018年7月6日に実施しました。東京都内のある路線に乗車して、つり革の手を握る部分(約40㎝2)について、微生物汚染度を調べました。4つのつり革(A・B・C・D)を調査対象とし、4つとも最初に生理食塩水を含ませた化粧用コットンで拭き取り、最初のサンプル(A-1、B-1、C-1、D-1)としました。次に、4つのつり革のうち2つ(CとD)を消毒用エタノールで拭いて除菌しました。1時間経過後、4つのつり革から同様にサンプリングを行い、2回目のサンプル(A-2、B-2、C-2、D-2)としました。各サンプルは、一般生菌数用培地を用いた混釈法で付着している生菌数(一般的な細菌と真菌の数)を調べました。


 また、調査の際に、つり革につかまった乗客の数を計数しました。
 図9に結果を示します。1時間の間につり革に摑まった乗客の人数は、Aのつり革では3名(男性2名・女性1名)で、B・C・Dのつり革ではそれぞれ女性1名でした。一般生菌数にはバラツキが見られましたが、Bのつり革のように、1名の乗客が摑まっただけで、80個/約40㎝2の生菌数から54,000個/約40㎝2へ菌数が急増する場合があることが示唆されました。また、CとDのつり革のように消毒用エタノールで除菌しても乗客が1名つかまると、最初の菌数と同じくらいの生菌数となる傾向が示唆されました。


図9公共交通機関のつり革の一般生菌調査

 これら2つのデータは、あくまで寒天培地で培養可能な細菌と真菌を調べたデータです。エスカレーターの手摺りやつり革には抗菌素材が使用されていることが多く、また、清掃担当者が、日々、殺菌消毒処理を実施しています。付着菌数は、季節やその日の乗降客数にも影響されます。しかしながら、これらのデータは不特定多数の人々が接触するエスカレーターの手摺りやつり革は、微生物がヒトからヒトへ移る可能性が高いことを示す指標になります。


【汚染した手指からスマートフォンへの新型コロナウイルスの移染】

 これまでの解説を踏まえて、図10 をご覧ください。スマートフォンへの新型コロナウイルスの移染、そして、最悪の場合、帰宅して直ぐに十分な手洗いを行ったとしても、スマートフォンを見ながら食事をすることで、感染する危険性があることがお解り頂けると思います。読者ご自身の日常の行動を振り返り、新型コロナウイルスの感染リスクがあることは、極力避ける努力をすることが今やるべきことの1つです。多分大丈夫だろうと考えて(あるいは全く考えないで)、これまで何気なく行ってきた行為が、感染経路不明者が増加している一因ではないでしょうか?!


図10公共交通機関のつり革からスマートフォンへの病原微生物の移染の模式図

 ではどうすれば良いのか?  二者択一ですので、どちらかを各自が履行するしかないでしょう。


  1. 公共交通機関を利用する際には(車内では)、スマートフォンの操作を控える。
  2. 自分はスマホ中毒で、車内でスマートフォンを操作しないとストレスになるという方は、帰宅直後や職場に着いた時点で、手指と同時にスマートフォンも消毒する。

 なお、公共交通機関では乗車の際に、急ブレーキや揺れた際の危険防止のため、つり革や手摺りにつかまることをアナウンスしています。感染が怖いからつかまるのは止めておこうという考えは(その気持ちは筆者も良く解りますが)、ここでは推奨しません。


 図11は、微生物の感染による危険度と消毒剤への抵抗性を示したものです。このコラムの冒頭で説明した通り、ウイルスは他の生物の細胞を利用して増殖するため、病原性の強さ(危険度)では一番ですが、消毒剤に対する抵抗性が逆になります。手指の消毒剤として推奨されている「消毒用エタノール」や環境の消毒剤として推奨されている「弱酸性次亜塩素酸ナトリウム液」は、噴霧すれば数秒~数10秒で新型コロナウイルスを不活化することができます。


図11感染による危険度と消毒剤への抵抗性

 四六時中、スマートフォンを手放せない方は、流水洗浄が可能な防水スマートフォンであれば、手洗いと同時に水洗いをしましょう。防水タイプでない多くのスマートフォンは、十分に消毒用エタノールを含ませたティッシュペーパーで拭くことをお奨めします。
(文章責任:川上裕司)


(2020年4月14日)


IPM研究室