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新型コロナウイルス感染症対策
〜IPM研究室 環境微生物学の研究者の立場から〜
第3回:マスクに感染症予防の効果あり!
通勤電車内などハイリスクな場所では必ず着用を!

 これまで「マスクは効果なし」とアナウンスしていた欧米諸国(こともあろうかWHOまで)が、一転して新型コロナウイルス感染症対策としてマスク着用を推奨する声が急速に広がっています。「マスク着用が定着しているアジアでは感染拡大が抑制されている」と言った声や「無症状の感染者から二次感染を予防する効果が期待できる」との見解が欧米の感染症専門家からも出されるようになってきました。
 今回のコラムでは環境微生物を専門とする筆者の経験も含めて「マスク着用は新型コロナウイルス感染症にも一定の効果が期待できる」ことを解説します。


【効果なしの理論はウイルスのサイズだけに固執している】

 先ず、図3をご覧ください。ヒトの赤血球のサイズを基準として、細菌、真菌(カビ)、ウイルスを比較したものです。㎛(マイクロメートル、ミクロン)という単位は、1㎜の1000分の1のサイズを表す単位で、㎚(ナノメートル)は1㎛の1000分の1のサイズ(=0.000001㎜=10億分の1メートル)を表します。我々が、対峙している新型コロナウイルスがとんでもなく小さい相手であることが解ります。次に、一般的な不織布のマスクと微生物のサイズの比較を表3に示します。このような比較から「マスクが全くの無効である」との情報が流れています。また、マスクでは感染を防止できないという報告は確かにあります(参考文献参照)。でも本当にそうでしょうか?

図3ヒトの赤血球のサイズを基準として、細菌、真菌(カビ)、ウイルスを比較したもの

表3一般的な不織布のマスクと微生物のサイズの比較

 賢明な読者の皆さんは「ではどうして、国から各家庭に2枚マスクを配布するのですか?」、「全く意味が無いマスクを大切な税金を使って配布するわけないでしょう」と素直に思われると思います。「アベノミクスならぬアベノマスク」と海外メディアからも嘲笑する記事が出されましたが、配布するマスクの性能の良し悪しはともかくとして、「感染予防対策としてマスクを着用する」または「感染した方が知らずに他人に感染させることを予防する」という観点からマスクを着用することは有効であると筆者は強く思います。


 マスク着用時の空気の流れを数値流体力学の手法を用いて、某大学の教授がコンピューターによるシミュレーション解析を行ったところ、マスクを着けて吸っている空気のうち、マスクを通して吸引している空気は少量であり、顔への密着度が低いマスクの場合には約10%程度で、マスクの横の隙間から吸っている空気が約90%に達するという結果を基にした情報がネット上で流れました。空気は、抵抗の少ないところを通るという性質があるから当然の結果だと思います。


 情報提供した教授は以下のようにコメントしています。「一般に使われるマスクのフィルター効果は限定的ということです。もともとマスクに期待されている機能は、吸い込み空気に含まれる汚染物質の除去です。花粉症の防御の場合には、花粉のサイズが大きいのでフィルターの捕集効果を十分に期待することができます。しかし、ウイルスはずっと小さいですからフィルターの捕集効果が通常のマスクにあるかというと、疑問です。ましてや、今回のシミュレーション解析で判ったように、マスクを着けていても人はマスクの脇から空気を吸っているとすると、フィルター効果に期待するのは現実的ではありません」。


 ウイルスを粒子として捉えたこの実験データに疑問を挟む余地は無く、御説ごもっともだと思いますが、いかにも工学系の方の見解だと存じます。その理論を基に、ぜひとも一般向けの高性能マスクの開発に活かしていただければ幸いです。


【ウイルスの感染を阻止するもの存在を考えよう!】

 さて、ここからが本題です。筆者は、長年に渡って一般住宅、美術館、大学病院、歯科医院、老人介護施設、保育園など異なる環境に存在する「真菌・細菌・ダニ・微小昆虫」などを総合的に調査・研究してきました。言い換えれば、我々ヒトを取り巻く環境とそこに必然的に関わっている他の動物・植物・真菌(カビ・コウボ・キノコ)・ウイルスとの関わり合いの中でヒトは生存していることを常に念頭に置いて研究しています。読者の皆さんも「腸活」という言葉をご存知の通り、「お腹の中の腸内細菌=善玉菌を増やすと健康に良い」との認識から微生物がいないとヒトは生きていけないことはご理解頂けると思います。


 図4をご覧ください。環境中に存在する病原微生物と感染の模式図です。感染(infection)とは微生物がヒトの体内に侵入して、特定の組織内や粘膜の表面に付着・増殖し、ヒトに健康影響を与えることを指します。これが顕性感染(apparent infection)で、不顕性感染(inapparent infection)とは、感染が成立していながら臨床的に確認できる症状を示さない感染様式と定義されています。新型コロナウイルスは、感染力が強くとも不顕性感染者(キャリア)を多く出すことが人々を恐れさせる一因です。

図4環境中に存在する病原微生物と感染の模式図

 しかし、不顕性感染の方が一般的で、発症に至ることの方が少なくないとも言われています。良く知られた風疹ウイルスでは、感染者の約30%が不顕性感染とされています。不顕性感染と同義語として、付着・増殖してもヒトに健康影響が出ない状態を定着(colonization)とも呼びます。また、感染に対して、皮膚や粘膜表面に単に付着した状態を汚染(contamination)と呼び、感染とは区別されています。感染によって、組織や臓器が障害を受け、症状が出ることを発症(発病)と呼び、その疾患を感染症(infectious disease)と呼びます。微生物が引き起こす疾患の大半は感染症ですが、毒キノコ(真菌)による食中毒は感染症には含まれません。感染が成立する因子は、微生物の病原力ヒトの感染防御能の対立関係によって決まります。微生物の病原因子(病原力を決める因子)には、組織侵入性(invasiveness)因子毒素産生性(toxigenicity)因子があり、特に後者は細菌および真菌の病原因子として重視されています。


 感染について少し専門的な説明をしましたが、要は、マスクを通過してマスク内にウイルスが侵入したとしても、それがイコール感染ではないと認識すべきだということです。単に、マスクはウイルスが侵入するから効果がないと解釈して情報を流すことは一般の方々へ要らぬ恐れを与えている好ましくない情報だと思います。


 次に、図5に感染の種類を示します。現在、新型コロナウイルスの感染形態として、最も注意しなければならないのが飛沫感染接触感染であることには異論ないでしょう。空気感染(飛沫核感染=水分が抜けて単体になって空気中に浮遊)については、インフルエンザウイルスと同様に可能性は示唆されていますが、主たる感染形態ではありません。ウイルスの粒子は、咳から10万、くしゃみから100万も外部へ飛散するといわれており、新型コロナウイルスの飛沫感染はウイルスに水分や埃が付着した形状で空気中に飛散することから始まります。水分を纏った飛沫のサイズは5μm以上で、マスクのメッシュのサイズよりは小さいですが、ウイルス本体のサイズよりは遥かに大きく、マスクでトラップできる確率はマスク無しで直接吸引するよりも高いと思います。特に、感染リスクが高い電車内などで近くにいる方がマスクをせずに咳やクシャミをした場合のことを想定すると、予防としてマスクをしておく方が直接吸い込むよりもリスクを軽減できると思います。

図5 感染の種類

【ウイルスは湿気に弱い!のどを保湿することがマスクの最大の予防効果!】

 読者の皆さんの自宅には「加湿器」を置いているかもしれません。冬場、なぜ加湿器を使うのですかと質問したら、「喉や鼻の乾燥を防ぎ、風邪やインフルエンザに罹らないため」とお答えになるのではないでしょうか?その答えは正解です。その考え方をマスクに置き換えれば、私が一番啓発したいマスクの予防効果について良くご理解いただけると思います。


 私たちの身体には、吸い込んだウイルスを排出しようとする機能が備わっており、その機能を働かせることが大切です。マスクをすることで、呼気に含まれる湿気を口元に閉じ込めて、喉を保湿する効果があり、それが感染予防に繋がります。ヒトの鼻から上気道、肺へと続く粘膜には、線毛という細かい毛がびっしりと生えていて、線毛と線毛の間には、サラサラした「線毛間液」と、その上に乗っている「粘液」が層になっています。これが外部から侵入して来る異物を排出する大切な役目をしています。線毛は1秒間に15〜17回という速さで小刻みに動いて、喉に向かって一定の流れを作っていることから、口から入ってきたウイルスは、粘膜上の粘液にからめ取られ、線毛の流れに乗ってのどへと集められ、咳や痰と一緒に体外へ排出されるメカニズムになっています。冬季に風邪やインフルエンザに罹り易くなるのは、気温の低下に伴う乾燥から喉や鼻の線毛間液が減少し、粘液の粘度が増すことによって線毛運動が鈍くなり、異物の排出機能が低下するからです。ウイルスは主に粘膜細胞で増殖することが解っていますが、吸い込んだウイルスが粘膜へ侵入しないように線毛が水際で守っています。つまり、感染予防には、線毛の働きを正常に保つことが大切です。線毛が最も活発に働くのは37〜38℃と言われており、気温の低下で身体が冷えると、線毛の動きが鈍くなります。
 そこで、もう一つ心がけたいことはこまめな水分補給で喉を潤すこと。出来ればあまり冷たい飲料ではなく、適度に温かい飲み物が良いでしょう。


【四六時中マスクを着用することはNG】

 さて、マスクの感染予防効果について述べてきましたが、四六時中マスクを着用することは決して推奨しません。マスクを着用し続けると、新鮮な空気を取り込むことが阻害されて頭痛や吐き気、頭が重くなるとの報告もあります。


 筆者は、今回の新型コロナウイルス感染症が出現する以前(10年以上前)から、毎年12月から3月末までの期間、「風邪・インフルエンザ予防」とそれに続く「スギ花粉症予防」のために、マスクを着用してきました。その効果も手伝って、これまで1度もインフルエンザに罹患したことがなく、ここ3年ほど風邪症候群にも罹患していません。ただし、自宅や職場の中ではマスクを着用しません。また、スギ花粉が飛散しない夕方以降は、マスクを外して駅からの道新鮮な空気を吸って歩きます。新型コロナウイルス感染症予防で心がけていることは、他人と接近する場面で必ずマスクを着用することです。


 「マスクが全くの無効である」と情報を流す裏には、マスク不足に拍車をかけるから、特定の方の買い占めを抑制するため、医療従事者のマスク不足が深刻であるといった意図が少なからず働いているように思います。その反面、異業種の企業がマスク生産開始して軌道に乗せたり、街中のリフォーム店や飲食店が手作りマスクを制作して販売するニュースは「新型コロナウイルス感染症対策」への前向きな姿勢の現われだと思います。


 こまめなうがいと手洗い、手指の消毒剤散布が対策の基本中の基本ですが、加えて、人混みの中では必ずマスクを着用することを筆者は強くお奨めします。
 「やはりマスクの着用は意味が無い」とう情報が今後も流れるかもしれませんが、そんなネガティブ情報に耳を傾けることは“おろか者”のすることだと思います。
(文章責任:川上裕司)

(2020年4月8日)


【参考文献】
①Moser MR、 et al。 (1979): Anoutbreak of influenza aboard a commercial airliner。Am J Epidemiol、 110、1-6。
②CDC (2017): Community Mitigation Guidelines to Prevent Pandemic Influenza — United States、2017。 MMWR。、 66、1-34。
③Yan J、 et al。(2018): Infectious virus in exhaled breath of symptomatic seasonal influenza cases from a college community。 PNAS、 115、 1081-1086。
④Zhou J、 et al。 (2018): Defining the sizes of airborne particles that mediate influenza transmission in ferrets。 PNAS、 115、 E2386-E2392。


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