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第231回 コミュニケーションと躾(2010年5月17日更新)
ある中央官庁に出向いたときのことだ。受付で4人の女性が応対する。だれもが来庁者の訪問先の部屋をいちいち案内書で探したり、質問されたエレベーターの位置を調べたりしている。4人もいれば、「この部署はこちら、そのエレベーターはあそこ」と仕切るベテランがいるものだが、そういう人は見当たらない。エレベーターに着くまで15分ほどかかった。こんなに時間がかかったことはないから驚いた。
省内の人に聞くと、受付業務は毎年、入札で民間へ委託するという。4人の女性は今年落札した民間業者の人たちで、いずれも省内の組織や施設に詳しくない。不祥事の温床とされ、コストも高くなりやすい随意契約を排除し入札を増やしていく政府の方針の一環だと説明を受けた。たしかに、入札は随意契約より透明性も経済性も高い。もっとも、待たされる訪問者にとっては非効率で経済性が高いとはいえない。
訪問者の一人として、もう一つ気になったことがある。受付の女性陣は訪問先を調べたり質問に答えたりするのが精一杯で、来客にまともに挨拶をしていない。表情はこわばり、笑顔で応対している人など一人もいない。そのせいか、受付場所には緊張感が漂う。「彼女たちは疲れるだろうなあ」と思いつつ、仕事を終えて庁舎を出たら、私も仕事以上に疲れを感じていた。
ふと、今まででもっとも感じのよかった受付はどこかと考えてみた。すると17年ほど前、よく出入りしていた大阪の住友銀行(現・三井住友銀行)本店を思いだした。警備員のチェックを通り過ぎたところに、一人で受付台に座っている。来客の質問には、じつにテキパキと答える。「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」という敬語の声は明るく、行きにも帰りにも元気が出てきた気分になる。
ここまでなら、よくある話だろう。びっくりしたのは、行員にも「行ってらっしゃいませ」とか「お帰りなさいませ」と声をかけていたことだ。羨ましいとさえ感じた。受付嬢は行員一人ひとりの顔をどうやって覚えるんだろう、異動のたびに顔写真集でも配っているんだろうかなどと考えたが、謎はすぐに解けた。男子行員はスーツの襟に社章をつけている。女性行員も上着のどこかにつけている。これなら見分けられる。
当時、「住友銀行は女子への躾が厳しいので女性の親に人気がある」と聞かされていた。なるほどと納得。くわえて、全行員がきちんとバッジをつけるのも躾のたまものだなあと思った。最初に取り上げた中央官庁の受付嬢に、こんな理想的な対応はとても望めそうもない。官庁の人たちは躾をしない、いやできない。入札による請負業務だから、官庁の人たちに躾をする指揮命令権はないのだ。
(情報調査部長 水上創)
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