広報ショートコラム
 
第223回 「記者にも読んでもらえる『うまい文章』」(2010年3月15日更新)

 このコラムを書いていると、宿題の作文が書けずに原稿用紙の前で半泣きになっていた子供のころを思い出す。いまは、泣かない代わりに、パソコンに向かって「う〜ん」とうなっている。社会に出た後、会社内の報告書や社外向けのリポートなど様々な文書を日課のように書いてきた。しかし、ビジネス文書のように型にはまった文章ではなく、自分の考えを不特定多数の人に読んでもらう「コラム」となると、キーボードを打つ手がとまってしまう。

 書くことを生業とする人はやはり凄い。筆者の書いた文章を新聞記者出身の上司に添削してもらったときのことだ。たちどころに、着眼点を変え、表現に手を加えて、まったく別の「読みもの」に変えてしまった。廃屋同然の家を柱の1、2本残して、見違えるような邸宅にリフォームしてしまったようなものだ。モチはモチ屋とはいうものの、40年近い経験で培われた技に、唖然としてしまった。2日も3日もかけて仕上げた原稿が、短時間で生まれ変わったのだ。

 社内で机を並べているのは、新聞社で取材の修羅場をくぐってきたベテランぞろい。かつては、不祥事の当事者を突き上げたり、政治家にモノ申してきた人たちだが、今は皆物静かに仕事をしている。だが、こと文章や情報の正確性となると、猛禽類に豹変する。文章にあいまいな点や不正確な箇所があれば、「これはこういうことか?」「Aという意味にもBという意味にもとれる。どっちだ」などと容赦しない。もちろん、筆者の書いたものは原型をとどめない。

 それでも、少しでもましな文章を書かねばならない。くだんのベテランが羽を休めて穏やかなときを見計らって、文章の書き方のコツを聞いた。さらに、産経新聞の1面コラム「産経抄」を35年間も担当していた石井英夫さんの『コラムばか一代』も読んだ。ベテランの回答も石井さんのアドバイスも同じだった。「短く、メリハリのあるシンプルな文章がいい」そうだ。しかし、これがむずかしい。どうしてもゴテゴテと冗漫でわかりにくい文章になってしまう。

 石井さんの本を読んで、改めて感じたのは、35年間もコラムを毎日書き続ける努力と体力、気力の凄さだ。産経抄や朝日の天声人語、毎日の余禄などの1面コラムは、新聞の顔といわれている。毎日、「何を書こうか」と考えるだけでも、大変なことだろうと思う。それに比べれば、こちらは固定読者がいるわけではない。上司も「肩の力を抜いて気楽に書けばいいんだよ」と言ってくれたが、「面白い内容でね」と付け加えられ、やはりグサリときた。

 私と同様、プレス・リリースの書き方に悩んでいたり、うまく書いたつもりでも記者が鼻も引っ掛けてくれなかったり、という経験をお持ちの広報パーソンも多いのではないだろうか。そうした経験をお持ちの方やリリースの書き方に自信のない人は、物書きのプロに添削をお願いしたらどうだろうか? 弊社にも数羽の猛禽類が爪を研いでいる。読まれるリリースをご希望の方は、一度、広報フォーラム事務局にご連絡を。
 

(広報フォーラム事務局 大島光博)
あなたの会社が、何らかのトラブルで記者会見を行わなければいけない...。突然の記者会見対応...。そのときになってから対策を講じていては、間に合いません。いざというときのために、事前に模擬記者会見を体験してはいかがでしょうか。
いままでのコラムを見る
フジサンケイ広報フォーラムとは?
BACK Copyright(C) FCG RESERCH INSTITUTE
詳しくはこちら 記者会見から迫真の会見体験まで 危機管理メディアトレーニング 広報コラム