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第183回 『団塊世代の定年』(2009年7月2日更新)
「団塊世代の定年ラッシュ」といわれて久しい。他人事のように、「定年後の人生」をテーマにした新聞記事などを読んできたが、それが現実のものとなった。6月30日、無事、その日を迎えた。「定年」―重みのある言葉だ。10数年前、定年を迎えた諸先輩の、年輪を重ねた姿を見て、随分と立派に思えたものだ。それに比べて自分はなんだろう。なんか薄っぺらなものに思えてならない。
姉弟、職場の仲間、仕事で知りあった広報関係の方々などにお祝いの会を開いていただいた。思わぬ方から記念品を贈っていただいたりもした。それで、「私は定年を迎えたんだ」と、改めて気付いたようなところもある。うれしかったのは、職場の代々の直属上司が電話をかけてきてくれたことだ。「お祝いするから都合の良い候補日を聞かせて」「これからも仕事、頑張って」といった具合だ。
これまでは、どちらかというと「定年をお祝いする会」や「第二の人生の出発を祝う会」などの幹事役が多かった。会場探しから皆さんへの案内、当日用の赤いちゃんちゃんこ、花束、色紙、お料理、飲み物などの準備のため、めまぐるしく走り回っていた。今回は勝手が違う。花束や贈り物をいただくのが役どころ。何となく落ち着かない。そういう後輩をはやく見つけよう。
「定年」「60歳」に際し、ある女性Sさんは「山本さんがいま、やりたいことって何?」と聞いてきた。「そうねぇ。これまで37年間、企業や大学の広報部門とマスコミのパイプ役として、広報担当の方々に有益な情報を提供させていただいてきたつもり。今後、私も『これからの広報のあり方』について勉強しつつ、さらに若い広報担当の育成に力になれたらと思っている」と答えた。
Sさんは、私の頭の中にいつまでも仕事のことがあることに驚いたようだ。定年にはまだ7、8年ある彼女は「私は、部屋の片付けや、レース編み、ガーデニングなどに時間をかけて、過ごしやすい家をつくりたいんです」と夢を語った。それもひとつの定年後のスタイルだ。それに引き替え、私はどうもプライベートなことが二の次になってしまう傾向にある。気づかず、仕事中毒(ワーカーホリック)になっているのかもしれない。
でも、ふと考えた。そこでまた、若い広報担当者との出会いがある。私が考えもしない斬新な広報の手法を教えてくれるかもしれない。趣味やプライベートタイムの過ごし方を聞いても新しい発見がある。若い力は元気を与えてくれる。後輩の指導をいいながら、実は指導されているのかもしれない。出会い、コミュニケーションを大事にしてきた私は、やはりこれからも、この道を大事にしていきたいと思っている。
(広報フォーラム事務局・山本ヒロ子)
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