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第164回 『無駄な時間って?』(2009年4月23日更新)
「若いころ銀座で、自腹で高級酒をよく飲んだものだよ。そんなことしなければ今ごろ、マンションの2つや3つ持っていたね」と語るのは某スポーツ紙の記者。そうかと思えば「新聞記者や会社の仲間と毎晩、飲み歩いてましたよ。その時間、勉強していれば、定年後は大学などで教えることも出来たのになぁ」と広報部長時代を振り返る人もいる。時間を消費した、いうわけだ。
本心は分からないが、本当にそうだろうか―。人生って、無駄な時間は1つもないと思う。スポーツ記者も、かつての広報部長も、その瞬間、そうしたいと思ったからお酒の席を選び、その時のさまざまな会話や体験は記事や広報戦略に活かされてきたはずだ。お酒を飲まない、また飲めない人にしてみれば「もう少し飲めたら、人生変わっていたかも」と思っているかもしれない。
当研究所には時々、就職を1、2年後にひかえた女子大生が、職場の雰囲気を知りたいと見学に訪れる。「山本さんもT時間ぐらい、彼女たちの就職活動に参考になる話をして」と引率の教授から頼まれ、私は「無駄なことは1つもない」をテーマに話をすることがある。若い女性たちと話をしていると「そんなに先を急がなくてもいいんじゃないの」と思うことが多々あるからだ。
一例を紹介したい。あて名書きのことだ。私が入社した頃は、各企業に送るセミナーや出版物の案内など郵便物は、すべて手書きだった。当広報チームが主宰している会員制の広報担当者向け勉強会「フジサンケイ広報フォーラム」の案内も同様で、毎月、あて名を書くことが私の仕事だった。文字を書くことが好きだったので苦にならず、黙々と書いていた記憶がある。楽しかった。
当時は広報部門の名称がちょくちょく変わった。その都度、広報担当者から連絡を受け、すくに封筒のあて名を変えた。「手書きのほうが温かみがある」という社内の意見もあり、こうした作業が4、5年続いた。いま私は、各社が広報部門を設けだした1973年以降の「広報組織の変遷」について講演を引き受けられるほど、広報の移り変わりがしっかり頭に入っている。
自慢話のようになってしまったが、この話を女子大生にすると、「よく分かりました。希望しない部署に配属されたとしても頑張ってみます」「自分では無駄だなと思うことがありますが、決して無駄ではないのですね」という手紙が後日、届く。そう言う私だって、回り道をしてしまったと思うことはある。しかし、何年か経って、回り道が貴重な財産になっていたことに気付く。
(広報フォーラム事務局・山本ヒロ子)
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