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第126回 『イルミネーション』(2008年12月8日更新)
12月1日、東京タワーで開業50周年を記念したライトアップが始まった。空気が澄んでいるこの時期の光の輝きは一層映える。また、都心のライトアップされた街路樹のある歩道を歩くと、おとぎの国に来たようでワクワクしてくる。そして、今のようにイルミネーションなどがなかった私の幼い頃、小さなクリスマスツリーに電飾が灯った瞬間の感激が懐かしく思い出される。
私が住む目黒・花房山の住宅街はいま、マンションのエントランスや、個々のベランダで、まるで住人の性格を表しているかのように、さまざまなデザイン、色とりどりのイルミネーションが輝き、行き交う人々の目を楽しませてくれる。JR目黒駅を降りてから5〜6分、わがマンションに近づいてくると、一日の疲れはいっぺんに吹き飛んでしまうから不思議だ。
私の部屋の階下に住むお琴の先生も、数年前からイルミネーションに凝りだした。夜、帰宅してベランダに出たら、階下のベランダの手すりや植木がキラキラ輝いている。数日後の朝、顔を合わせた時に「毎晩、楽しませていただいています」と言うと「最初は自身の興味本位だけで始めたのだけれど、皆さんにそう言っていただけることは、とても嬉しいわ」とにこやかだった。
そう、デコレーション、つまり装飾は、自分自身の満足とともに、作品を見た人々がどれだけ感動してくれるか、その反応が生きがいにもなっているらしい。だから、褒められれば褒められるほど、年々、ホームイルミネーションは豪華になり、まるで近所どうしで競い合うような雰囲気さえ生まれてくる。楽しませてもらう立場としては、その派手さに目を見張るばかりだ。
実は私も、お琴の先生を見習い、玄関のささやかなコーナーをイベントスペースとして、季節に合わせた敷物や小物を置いて楽しむようになった。久しぶりに訪ねてきた友人や、同じマンションで仲良くしている方々、はたまた宅配便のお兄さんが「可愛らしいですねぇ」「そうか、もう、そういう時期なんですね」と、いろいろな反応が返ってくる。それがまた楽しい。
それがコミュニケーションのひとつのきっかけにもなっている。とかく、経費削減が声高になると、こうした類のものがカットされる。しかし、考えてみれば安いものである。それで私たちの心が潤い、癒されれば、これほど安いものはない。企業も、社員の意表をつくような飾り物を置き、笑い、感度を起こしてみるのも士気高揚のひとつの方策となるかもしれない。
(広報フォーラム事務局・山本ヒロ子)
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