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社長メッセージ

考えるヒントを考える(8)

 前回の「考えるヒントを考える」に対し、各方面から反応があった。新聞ジャーナリズム界の具眼の士、石井英夫さんから過分な評価をいただいた。恐縮の念と同時に、石井さんの柔軟な頭脳が今更ながら恐ろしくもあった。前回、私は新聞ジャーナリズムを批判するつもりなど毛頭なく、あくまでも私の出身母体であるTVジャーナリズムの一時期を、自戒を込めつつ考えたつもりなのだが、柔軟、融通無碍な石井さんにしてみれば、聞き捨てならない部分があったのかもしれない。新聞界に重きをなす石井さんから身に余る言葉をいただき、こちらこそ身のすくむ思いであった。

 さて、地上波TVの今を俯瞰してみるに、「情報番組」や「情報番組化番組」に埋め尽くされた感がある。「情報番組化番組」は後述するとして、まず、「ニュース・報道番組」ではない「情報番組」を「情報番組」というのであれば、しからば、今の「ニュース・報道番組」と「情報番組」の違いとは何か。双方の担当者も答えに窮するだろう。一応、答えらしい答えがあるかもしれないが、この問いに対する明解な解答はないはずだ。ただ、ひとつだけ明解なのは、双方とも、たいした違いが無くなりつつあると、お互いに薄々、気がついていることだ。たいした違いがない以上、各局とも朝から晩まで同じような内容の番組が連なり、金太郎アメのように、どこを切っても同じような内容の画面が出てくることになる。

 「ニュース・報道番組」と「情報番組」の区別、境目がなくなって怪しからん、とよくいわれる。怪しからんのは「ニュース・報道番組」側なのか、或いは「情報番組」側なのか、ともよく訊かれるが、そんなことはどうでもいいのであって、区別、境目がないのなら「ニュース・報道番組」をいっその事やめて「情報番組」に統一してしまうか、逆に「情報番組」をやめて「ニュース・報道番組」に統一すればよいだけの話だ。だが、この問題が厄介で、油断ならないのは、双方の区別、境目がなくなり、違いがなくなることで、テレビの命である番組の「多様性」が失われてしまう危険を孕んでいることにある。隠された真の問題はこれであり、これをどう解決するか、が民放TVジャーナリズムの次の勝負となる。暗示的なのは、今や、昼のバラエティー番組でさえもが、時に政治ネタなどを扱い、「情報番組化番組」と化しつつあることだろう。私は、うたた今昔の念に堪えない。重大ニュースが発生するや、「笑っていいとも」枠に緊急カットインすべく、小櫃が、鬼の形相で怒鳴り、喚き、脅し、懇願しても、頑としてカットインさせなかった、あのバラエティーの意地と、心意気は、何処へいったのだ。テレビの命である番組の「多様性」は失われて、のっぺらぼうと化し、「多様な番組を自由に創る」という、わくわくする原色感が脱色されつつある。結果、TVメディア全体が虚弱化しているような印象を与えてしまっているのだ。これは大変、恐ろしいことではあるまいか。番組を「情報番組化」するのは、一見、容易そうに見え、視聴率も即効性がありそうだが故に、手を出しやすい。だが、番組を安易に「情報番組化」すればするほど、その番組の個性・独自性が失われてしまうこと、言い換えれば、「番組が情報に支配されてしまう」という逆説、に気づくには、かなりの才能と経験が必要だろう。「情報番組化」には、危機管理も含め、余程の覚悟と腕力が必要であり、さもなくば、番組の命である個性・独自性を失う、だけでは済まないことにもなる。

 それにしても思い起こすのは、往時、「ワイドショー」が「情報番組」の名のもとに、上品ぶった化粧替えをした時のことだ。「ワイドショー」の名を恥じ、「情報番組」として成り上がった時、あの時、「ワイドショー」の名が葬られ、「情報番組」の呼称が一部で執拗に連呼された異様な記憶がある、のは私だけではあるまい。小利口な小官僚の「気取り」「上品ぶり」が透けて見える。それまで、「ワイドショー」は「ニュース・報道番組」に激しく対抗はしていたが、決して「ニュース・報道番組」にすり寄ろうとはしていなかった。「ニュース・報道番組」に対し、対抗して、強烈な個性・独自性を発揮することで、テレビの命である番組の「多様性」を支えていた。だが、「ワイドショー」ジャーナリズムは、「情報番組」に成り上がることで「ニュース・報道番組」と近親し、その誇るべき個性・独自性を捨て去り、挙句、テレビの命である番組の「多様性」の一部も同時に、喪失させたのではないか。この意味で、「その番組は報道番組ですか」と、訊き返した某大学教授の疑問は、いかにも俊敏な大学教授らしい合理的かつ核心を突いた返答であり、図らずも、みごとな一蹴であった、と言ってよい。

 フジテレビの脇を首都高速湾岸線が走っている。フジテレビの目の前のインターチェンジ出入り口を今、「臨海副都心」という。このインターチェンジは平成19年12月、それまでの「13号地」という名称から「臨海副都心」という名に変更された。「13号地」とは「東京湾埋立地、13号埋立」に由来するのだが、私は、この出入り口を利用するたびに目にする「13号地」という名称が、いかにもフジテレビにふさわしい、お台場風で、原色感あふれ、粋で、恰好よく、わくわくしていた。それが、「臨海副都心」に改称され、その上品ぶった、気取った、成り上がり風に、腹が立った。「13号地」か「臨海副都心」か、どっちが視聴率をとるか、明白であろうが。

2016年9月23日

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